3650日とすこし。暮らしにそっと寄り添いながら、より良い“大切な日常(DAYS)”をお届けしたい。ノーリツデイズの心が豊かになるインタビュー第1回目は、くまモンの生みの親であり、幅広い分野で活躍されている小山薫堂さん(前編)です。 “湯道は作法にあらず、湯に向かう姿勢なり”を提唱する湯道の家元であり、「湯道百選」を執筆されている小山薫堂さんは、自他共に認める大のお風呂好き!「お風呂に浸かることが一番の幸せです」そんな言葉の先には、人生を幸せにするヒントがたくさんありました。 ノーリツとのご縁や、ほっこりする少年時代の思い出、そしてこだわりの湯道具まで、お風呂好きの原点についてお聞きしました。
お風呂は人を幸せにする。太田敏郎に伝えたい「ありがとう」
- 常に新しい・おもしろいを世の中に発信している小山薫堂さん。テレビ番組の制作や雑誌連載、ラジオをはじめ、多くのプロジェクトに関わる中で、1番楽しい!と感じるのが「お風呂」に関する仕事なのだとか。
- 「僕の仕事は一言で表せないのですが(笑)何が1番楽しいかと聞かれたら、やはりお風呂。湯道をどう進めるのか、ですね。今、お風呂映画の制作を進行していて、僕の方はちょうど準備が整って落ち着いたところ。今年に撮影を予定しています。」
- どんな映画になるのか、完成してからのお楽しみとのことですが、お風呂繋がりでノーリツともご縁が深い小山薫堂さんは、ノーリツ創業者・太田敏郎の自叙伝「お風呂は人を幸せにする」がお気に入り。この本をおすすめする理由を訪ねてみると、お金儲けではなく、日本人を幸せにしたいという想いとチャレンジする心にグッと引き寄せられたそうです。
- 「太田敏郎さんは儲けたいじゃなくて、人を幸せにしたい!という強い想いと、誰もやったことのないゼロから挑戦するベンチャー精神がいいですよね。『お風呂は人を幸せにする』という本は、明石の露天商が風呂釜を売っていたところから始まるのですが、風呂釜を見つけた太田敏郎さんが、これはすごいと。これが日本中の家に普及すれば、各家庭に温泉のような温かい湯が沸いて幸せになれる・・・。自分は戦争に行くための極寒の地での訓練の最中、一日の終わりに風呂にはいったとき、すごく幸せな気持ちになった。この風呂釜があれば、日本中がもっと幸せになれる!そんな想いから、風呂釜の販売を始めるわけです。権利を買って『能率風呂』からノーリツと社名にして発展させていくのですが、すべて太田敏郎という1人の想いから始まっているんです。」
- 92歳という天寿を全うされたノーリツ創業者であり名誉会長の太田敏郎に、もし会えるのなら、どんなことをお風呂で語り合いたいか?そんな質問を投げかけてみると「お礼を言いたいです」と真っ直ぐに答えてくれました。
- 「まず、お礼を言いたいですよね。簡単に湯が沸く社会を作ってくれてありがとうございます、と。太田さんの努力や活躍がなければ、日本にお風呂が普及していたのか分からないし、入浴スタイルも今と変わっていたと思います。」
- 指一本でお風呂を沸かせる、この発明の礎を作った人であり、日本のお風呂文化を作った人です、と笑顔を見せながら、どんなことを太田敏郎と話したいか教えてくれました。
- 「太田敏郎さんこそ、湯道の初代家元として存在してほしかった。それを僕が盛り上げる、そんなことをやりたかったですね。もし生前にお会いできたら、お風呂への想いとかルール・・・、どんな『型』を作るんですかと聞いてみたい。太田さんのお風呂へのこだわりを原型にして湯道の型にするのは、できる気がします。ノーリツの本社にお伺いしたとき、今日は会社にいらっしゃるかもしれないということが過去にあったのですが、残念ながらお会いできず。本当に、お会いしたかったです。」
近所の銭湯が子ども時代の遊び場でした
- 銭湯や温泉などお風呂好きとして知られている小山薫堂さんですが、銭湯好きの原点は幼少期だったとのこと。幼い頃の家庭環境や行動が、今のお風呂好きに繋がっているようです。
- 「僕の家は小さい頃から両親が共働きで、遊んでもらう機会が少なくて。友達と一緒に行っていた『糸湯』という近所の銭湯が、遊び場みたいなものでしたね。ちょうど幼稚園の頃だったかな。今思うと“糸湯”という響き、人を繋ぐみたいな意味で良い名前ですね。この糸湯で、水中モーターを船のおもちゃに付けて、こっそり銭湯に持ち込んで遊んでいた記憶があります。銭湯に入っていたおじいさんに叱られたりしてね。」
- 幼稚園の頃から今も変わることなく大好きな銭湯。やんちゃだった少年時代の思い出を懐かしむように話す姿が印象的でした。
「湯道」の心は、湯を慈しむこと
- 茶が道になったように、日本のお風呂文化も道になるかもしれない。そんな直感とひらめきから湯道を発案された小山薫堂さんにとって、最も大切にされている湯道の精神があります。それを一言で表してもらいました。
- 「湯道にある『感謝』と『慮る』2つの心を、あえてひとつにまとめるなら『慈しむ』です。湯を慈しむことで感謝を感じること、そして他者を慮ることの原点になる、それが湯道の精神です。」
- 慮る(おもんばかる、おもんぱかる)・・・あまり聞きなれない言葉ですが、これは「思いを巡らせ、よく考える」という意味を持つ言葉。思い量る(おもいはかる)から由来されるもので、自分の周りや相手(他者)に対して思いを巡らせる気持ちを指します。なかなかどうして小山薫堂さんらしい言葉選びですね!
蓄積された知識が火花を散らした瞬間、ひらめきが生まれる
- 湯道をはじめ、くまモンや料理の鉄人など、これまでにもさまざまなアイデアを世の中に仕掛けてきた小山薫堂さんの頭の中は、どうなっているのでしょうか。ひらめきの瞬間について、お聞きしてみることに。
- 「ひらめきはゼロから生まれるのではなく、自分の中に蓄積されている知識があるからこそ成り立つもの。そこに、今現在この意識の中に新しい情報を発見したとき、蓄積されていた知識が火花を散らすようにしてアイデアが生まれます。」
- お風呂っていいな!日本のお風呂は素晴らしい!この感覚を、国を超えてたくさんの人に伝えたいという想いが第一にあったそうですが、その理由には家のお風呂が関係していたそうです。
- 「もう少し遡ると、40年以上前に僕の叔母がアメリカの方と結婚したんです。それを機に父と祖母がアメリカに行き来するようになり、アメリカ文化の影響を受けまして。あまり食べなかった肉をレアで食べるようになったり、バスタブの中で体を洗い、泡だらけにしてお風呂から出たり。それまで追いだきができる日本のお風呂に入っていたのですが、アメリカ文化の影響からか、太陽エネルギーを取り入れた1人用の浅い洋風風呂に家のお風呂が改装されてしまいました。ちょうど僕が中学生の頃だったので、そのお風呂スタイルに、どうしても違和感があって。やっぱり肩まで浸かる温かいお風呂がいいなと。中学生の僕は、お風呂を文化とは捉えていませんでしたが、日本のお風呂スタイルを世界に教えてあげたいなという想いは昔からありました。」
- 家のお風呂がアメリカ式に変わってしまったという思い出があったからこそ、早いうちから湯道の在り方を、心のどこかで感じ取っていた小山薫堂さん。時を経て、料亭の経営から湯道のヒントに出会います。
- 「下鴨茶寮という料亭の経営を数年前に引き継いでから、京都に足を運ぶことが増え、茶会で茶人や陶芸家とのお付き合いが広がったあるとき。陶芸家に『なぜ日常で使う湯のみ茶碗は安いのに、茶道のお抹茶の茶碗は高いのでしょう?』と尋ねたら『そういうものなんです。』と。その言葉を聞いて、同じ土からできていても道具として社会に出た時に、その価値が変わる・・・その瞬間に『道』ってすごいなと感じました。人の中に価値観を作り上げて、芸術とか文化に導いてくれる。そう考えた瞬間、風呂も道になりうると思ったんです。」
- お風呂の道ということで、最初は「風呂道」という言葉も思い付いたそうですが、響が良くないことから「湯道」に決まったそうです。中国では「湯」がスープの意味を持つから「スープの道」になってしまいますね!と笑いながら話すお茶目な一面も見せてくれました。
ひらめきのヒントは毎朝のお風呂タイムから
- どうすれば面白いひらめきが生まれるのか?そのヒントは、なんと毎朝のお風呂にありました。ただお風呂に入るだけで終わらない、自分の中にひとつ「お土産」を持ってお風呂から出るという小山薫堂さん流ひらめきのヒントは、誰でもできるシンプルなこと。その方法とは?
- 「朝お風呂に入るとき、思考のクセをつける、これだけです。今朝も浸かっていましたが、お風呂から出るまでに何かひとつ『ひらめく』というのを自分に課します。なんか面白いことないかな?これ僕の口癖なんですけど、本当に何でもいい。例えば、“究極のレモンサワー”をどうやって作ろうと考えるとしますよね。昨日飲みに行ったお店のレモンサワーがすごく美味しくて、それはレモンを凍らせたものを氷代わりにしていたから、これをベースにすれば“究極のレモンサワー”に繋がるヒントになるとか。何かひとつ、自分の中にお土産みたいなものが芽生えて、それを持ってお風呂から上がる、そういうことを習慣にしています。」
- お風呂に入るとき、何かひとつアイデアのヒントを見つける。自分と向き合えるお風呂の時間は、大切な思考の時間となっているようです。
小山薫堂さんが愛する、こだわりの湯道具たち
- 湯道を発信するお風呂好きの小山薫堂さんが愛用されている湯道具は、こだわりがいっぱい。実際に銭湯や温泉に持っていく貴重な湯道具を見せていただきました。
- 「片側がガーゼ素材の『おぼろタオル』は、今まで使ってきたタオルの中で1番絞りやすくて吸水性が良いタオル。硬く絞れるし、銭湯からあがるときにこれで体を拭くのが気持ちいい(笑)銭湯や温泉に行くときに1本あると、ちょうどいいです。」
- 小山薫堂さんが見せてくれた「おぼろタオル」は、明治41年創業、日本のタオル文化を継承し続ける三重県の老舗タオルブランド。湯道のオリジナルタオルとして作られたもので、京都・大徳寺真珠庵の山田宗正和尚が書いた「湯道温心」の言葉が入っています。
- 「これは1枚の銅板を職人さんが叩いて形にするという鎚起銅器(ついきどうき)の桶。叩いただけで形を作るってすごいですよね。これは50年くらい使い続けると、ものすごくいい飴色になるんです。使えば使うほどいい。この桶はまだ数年くらいなので、これからいい色になっていきますよ。」
- そう言いながら美しい鎚起銅器の風呂桶を手に取り、嬉しそうに見つめる小山薫堂さん。思わず自慢したくなるこの桶は、200年以上銅器づくり一筋に歩んできた新潟の玉川堂が、特別に作ってくださったそうです。
- 「これは、陶芸家の辻村塊くんが作ってくれた牛乳瓶。『道』にしたとき、モノに違う価値が生まれる、そういう現象が起こると思い、湯道で使うお道具を自分なりに考えてみてくださいと塊くんにお願いしたら、作ってくれました。ご実家が酪農の仕事をされていたことから、そこから牛乳瓶のアイデアがひらめいたそうです。」
- “辻村牛乳”と書かれた遊び心たっぷりの牛乳瓶は、花入れをベースに一つひとつ手作りで作られた唯一無二のもの。こんな瓶で風呂上がりに牛乳を飲めば、無条件で贅沢な気分になれそうですね。
- 湯道具を手に取るたびに「いいな」と感じる、その瞬間が幸せだと笑顔で語ってくれた小山薫堂さん。いつも触れるものにこそ、何十年何百年先も変わらない幸せを感じられると語ってくれました。
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小山薫堂
小山薫堂
放送作家。脚本家。京都芸術大学副学長。京都の料亭「下鴨茶寮」主人。1964年熊本県天草市生まれ。日本大学芸術学部放送学科在籍中に放送作家としての活動を開始。「料理の鉄人」「カノッサの屈辱」など斬新なテレビ番組を数多く企画。脚本を担当した映画「おくりびと」で第32回日本アカデミー賞最優秀脚本賞、第81回米アカデミー賞外国語部門賞を獲得。執筆活動の他、地域・企業のプロジェクトアドバイザーなどを務める。熊本県のPRキャラクター「くまモン」の生みの親でもある。
2015年より、現代に生きる日本人が日常の習慣として疑わない「入浴」行為を突き詰め、日本文化へと昇華させるべく「湯道」を提唱。2020年10月「一般社団法人湯道文化振興会」を創設した。現在、雑誌PenおよびWebsiteにて、「湯道百選」を連載中。
湯道百選
https://yu-do100.jp/